今後1年内にIFRS適用企業の開示に影響すると思われる事項が2点あります。一つ目が第二の柱モデルルールに関する税効果の開示、二つ目は、のれんの買収後の状況に関する開示です。
この記事では、のれんの買収後の状況に関する開示への影響について説明します。
のれんは何故IFRSでは償却できないのか?
2023年2月28日、日本公認会計士協会主催によりIASBアンドレアス・バーコウ議長を招き掲題のセミナーが開催されました。
非常に有意義な日本企業やASBJの代表の方々のパネルディスカッションが行われたため、その一部を紹介します。
日本側からは、IASBが償却アプローチの採用を見送ったことに対する率直な失望が表明されました。主な理由は以下の4つです。
- のれんは減耗性資産であり時の経過に伴い価値は低下する
- 減損モデルは自己創設のれんを認めることになる
- のれんの減損が経営者のバイアスによりtoo little, too lateとなり、次の会計危機の温床になる可能性が懸念される
- 巨額の未償却のれんが累積してきており、バランスシートの目的適合性が低下している可能性が懸念される
これに対してバーコウ議長は、IASBにおいて日本側の主張により非常に良い議論がされたことに感謝を述べ、その上で、以下の主張をされました。
- 減損モデルから減損プラス償却モデルへの変更は、単純にどちらのアプローチが好きか嫌いかでは決められないこと。それでは、会計基準の安定性が保てないこと。
- 償却アプローチを導入するには、のれんの一部または全部が減耗しているという客観的証拠があれば償却することは可能だが、残念ながら客観的かつ説得力のある証拠が示されなかったこと。あくまで証拠に基づいて判断するのがIASBの立場であること。
- 減損会計の運用がtoo little, too lateになり会計危機を招くのではないかとの懸念については、会計基準の目的は会計危機の防止ではないこと、そして減損会計の適切な運用を担保するのは各国の監督当局の責任であること。
のれんの資産性についての筆者のコメント
のれんは、買収価額と純資産帳簿価額の差額を専門家が分析し、PPA(purchase price allocation)により商標権・特許権・顧客基盤等の無形資産やその他の資産・負債の未実現含み損益に配分した「残余」であることから、何故高く買ったのかについての具体的な説明がつかず、単に高く払いすぎた部分も含みうる金額です。
一般的には、超過収益力やシナジー効果と説明されていますが、もともと、その資産性には具体性が乏しいと感じています。また、のれんは必ずしも単一の買収したビジネスから発生したものだけではありません。
のれんがいくつかのビジネスから発生している場合には、いわゆるCGU(cash generating unit/資金生成単位)またはCGUのグループである組織単位に分割配分され、買収後は買収企業の組織再編により、のれん自体も連結財務諸表の中で様々なCGUに移転していくことがあります。
その際、のれんは移転したビジネスと残存したビジネスの公正価値の比率で按分されます。そして移転先の業績が良ければ、のれんの減損リスクは少なくなり、移転先の業績が悪ければ減損のリスクは高くなります。このように買収後はのれんのIdentityは失われ、もはやどのビジネス買収から発生したのかさえわからなくなるケースもあるのです。
このような状況を考えると、のれんは一定年数で償却していくことが財務健全性の観点から望ましいと言わざるを得ません。
他方で、1年に1回のれんの減損テストをした結果、のれんが帰属するCGUの公正価値が簿価を超えていると証明されている限り、償却をしなくても問題は無いとも言えます。しかし、のれんが帰属するCGUは、買収後の組織再編により被買収ビジネスと買収企業自身のビジネスが混在したハイブリッドなものに変わっている可能性があります。
その結果、CGUの公正価値にも当然自己創設価値が含まれており、その構成はもはや区別がつかなくなっているケースもあります。また、公正価値の非常に多くの部分を「Terminal Value」と呼ばれる、事業計画の最終年度のキャッシュフローにより算出した永続価値部分が占めているケースも多く、もともとの買収時ののれんの資産性が本当にCGUの公正価値によりサポートされていると言って良いのかどうかは議論のあるところと思われます。
例えば、のれんが累積され連結総資産の半分を占めており、連結財務諸表の純資産帳簿価額より株式時価総額が下回っているとしたら、のれんが減損テストをクリアしていたとしても、その価値には疑問が生じます。冒頭で述べたバランスシートの目的適合性が低下している可能性とは、まさにこのような状況を指すのです。
シナジー効果とは何か?
のれんの価値の一部にシナジー効果が含まれると言われることがあります。その場合のシナジー効果とはいったいどのようなものを指すのでしょうか。
一般的に、企業買収の時に、経営者は自社が買収すれば、もっとキャッシュフローを増やせると考えます。
例えば売上面で言えば、被買収企業の製品を自社の販売網を使ってよりグローバルに販売することができる、あるいは自社製品を被買収企業の販売ルートを使って売ることができる等です。コスト面で言えば、自社のノウハウを共有し、製造原価の低減、あるいは、量産効果で原価低減する、等です。
企業買収は、このようなシナジー効果が見込めることから、その時点の時価総額よりも高く買うことが一般的で、買収価格は買収の戦略的目的を反映したものになっています。
買収時には、証券会社等の評価者がValuation Reportによって公正価値のレンジを提示しますが、当然シナジー効果も含まれています。
このように買収価格には、既に自社の戦略によって生み出される自社の既存事業に帰属する価値が含まれています。
さらに買収後は、被買収企業が連結に取り込まれることにより、買収時ののれんの価値と買収前から存在する事業の価値が混ざり合うCGUの価値を区分することが困難になります。
このことが減損モデルは、自己創設のれんを容認することになると批判される理由です。
のれんについて開示が要請される事項とは?
以上のように、IASBは、のれんが減耗しているとの証拠が示されなかったとして、償却アプローチを採用しませんでした。
他方で、買収時並びに買収後ののれんの状況について開示を要求することを予備的見解で述べています。
この開示要求は、財務諸表作成者にとってはのれんを償却することよりも頭の痛い問題かもしれません。
具体的には以下の事項が開示対象です。
- 事業を取得した年度における、企業結合を行った戦略的根拠、目的、並びに当該目的の達成をモニタリングするために経営者が計画している指標
- 買収後の年度における、企業結合の業績に関する経営者のレビュー
- 事業を取得した年度において期待されるシナジー効果の定量的情報
これらについて、ほとんどすべての財務諸表利用者は同意しました。しかし、財務諸表作成者の多くは、事業上の機密保持、情報の監査可能性等の実務的懸念から同意していません。
現在の開示では、前年度との比較可能性を担保する観点から、買収年度のみに被買収事業の売上と損益を開示していますが、買収後について財務情報は開示されていません。
従って、買収後に買収事業の業績やEBIT等の指標がどのように推移しているのか、またその推移についての経営者のコメントを開示することは、作成者側にとってはハードルが高いものと推測されます。
このようなフィードバックを受けて、IASBは以下のことも提案しています。
- 開示することにより企業結合の目的を著しく損なうと予想される場合には、一部の開示を行わないこと(免除規定)。
- 全ての重要性がある企業結合と戦略的に重要な企業結合に分けて、開示事項の濃淡をつけること。
最終的な会計基準でどうなるかが注目されるところです。
企業が検討すべきこと‐開示を越えて
上記のように、のれんの開示については免除規定もあり、必ずしも買収後ののれんの状況が定量的に開示されることはないかもしれません。
しかし、開示の有無にかかわらず、買収の戦略的目的が達成されているのか、買収時に想定したシナジー効果は創出されているのかをモニタリングすることは、企業経営において必須と思われます。
特に、上述のとおり、のれんの帰属するCGUが組織再編等により移転したような場合に、そののれんの帰属するCGUを①誰が追跡し、②誰がどのような指標を使って期待された業績をモニタリングし、③誰がモニタリング結果に責任を持ち、④それに対してどのようなアクションをとるのか、体制を構築することが必要でしょう。
買収時に相当な時間と労力と資金を投入しても、その後ののれんの管理を誰もしなければ、買収時の戦略的目的を達成することは困難です。
その意味で上記の開示事項は、当面開示が免除されたとしても、経営上は、説明責任が果たせるように把握しておく必要があります。