中小企業の成長に欠かせない人材確保や育成について、重要なポイントがまとめられている「中小企業の人材確保・育成10カ条」。人手不足を解消したい中小企業経営者なら、一度は確認したいハンドブックです。
この記事では、中小企業が直面する経営課題について解説したうえで、「中小企業の人材確保・育成10カ条」の条文をそれぞれ解説します。中小企業の人材育成事例も紹介しますので、ぜひ最後までご覧ください。
中小企業経営者が直面する経営課題とは
中小企業が直面する経営課題がこちらです。
- 生産性の向上、売上の拡大
- 財務状況の整備
- 人材確保・人材育成
- 後継者問題
中小企業は、大企業のように潤沢な経営資源を活用した経営は困難です。そのため、自社が保有するヒト、モノ、カネを効率的に経営に活かさなくてはいけません。
特に人材確保・人材育成は、中小企業にとって重要な経営課題です。現在の日本は、少子高齢化によって労働力人口が減少しており、若い人材の確保は今後も困難になると予測できます。そのため、人材確保・育成に関する効果的な施策の立案・実行が企業の生き残りに必要なのです。
ここで、株式会社野村総合研究所(NRI)の「NRIパブリックマネジメントレビュー 2021年6月号」をみてみましょう。こちらの記事では、全国の中小企業経営者・役員およそ1,000人に行ったアンケート調査の結果が紹介されています。
同調査の中で、「経営者として、現在重要と考える経営課題を三つまで選択してください」という質問に対する回答結果がこちらです。
重要と考える経営課題※ | 回答割合 |
---|---|
営業・販路開拓 (営業力・販売力の維持強化など) | 従業員数(0から5人):61.2 |
従業員数(6から50人):61.8 | |
従業員数(51から300人):58.9 | |
人材 (人材の確保・育成など) | 従業員数(0から5人):28.4 |
従業員数(6から50人):64.4 | |
従業員数(51から300人):66.0 | |
商品・サービスの開発・改善 (新商品・新サービスの開発など) | 従業員数(0から5人):32.3 |
従業員数(6から50人):31.4 | |
従業員数(51から300人):45.3 |
※上位3つの経営課題を抜粋
出典:NRIグループ|中小企業経営者が重視する経営課題と地域内外での連携による中小企業支援機関の支援力向上
「人材」の項目を確認すると、従業員が6人以上いる中小企業の約6割以上が、人材の確保・育成に課題を感じていることが分かります。
どのように人材を確保するのか、既存の従業員をどのように育成するのかは中小企業にとって、重要な経営課題なのです。
中小企業の人材確保・育成10カ条の概要
中小企業における優秀な人材の確保・育成を目的として作成されたのが、「中小企業の人材確保・育成10カ条」です。
本書は、平成22年9月に東京商工会議所から発行された経営ハンドブックです。東京商工会議所の産業人材育成委員会が、3年間の活動の締めくくりとして、人材確保・育成の重要なポイントを10項目にまとめました。11社の中小企業の人事担当者または経営者にヒアリングした調査結果も掲載されています。
本書で紹介されている中小企業の主な情報がこちらです。
- 基本情報(企業名、資本金、従業員数など)
- 経営理念
- 事業概要
- 人材育成方針
- 従業員の採用・育成
- 人事評価・処遇
- 企業風土・組織構造
中小企業の人材確保・育成10カ条のポイント
中小企業の人材確保・育成10カ条は以下のとおりです。
- 働くことが楽しくなるような事業分野で勝負
- 明確な方針を分かりやすく伝えよ
- トップが先頭に立って必死で育てる
- 採用ミスは致命傷
- 人が育てば企業も育つ
- 部下の育成は仕事の一部
- 制度や仕組みでは動かない
- 中小企業らしさに誇りを持つ
- 真似ずに学べ
- 経営者は教育者
本書に記載されているポイントを一部抜粋して解説します。
第1条:働くことが楽しくなるような事業分野で勝負
- 大企業が競争力を発揮しにくい分野で事業展開をする。規模の勝負を避ける
- 中小企業ならではの事業分野を見つけることが従業員の働きがいにつながる
中小企業ならではの事業分野を見つけると、多くの顧客から支持されやすくなります。顧客から喜ばれたり感謝されたりすれば、働く従業員も働きがいを感じることでしょう。
そのためには、中小企業ならではの商品開発力や営業力などを活用して、独自性を発揮することが大切です。
しかし、大企業と中小企業では、従業員数や資本金に差があるため、大企業と同じやり方で競争に挑むことはおすすめできません。
自社の強みを活かせる事業分野を見つけて、大企業との規模の勝負を避けましょう。
自社の魅力が顧客に浸透すれば、従業員のモチベーションは自然と高まるのです。
第2条:明確な方針を分かりやすく伝えよ
- 人材の採用や育成方針に関して明確な方針を持ち、一度決めたら頻繁に変えない
- 理念や方針そのものに独自性を見出すことは難しい。大切なことは、それらの見せ方や分かりやすさ、そして具体性である。
どのような人材を採用するのか、採用者を含めて自社の従業員をどのように育てていくのかは、企業の基本方針となります。
基本方針が定まっていなかったり内容を頻繁に変更したりすると、働く従業員が混乱してしまいます。企業トップや役員は、明確な方針を提示しましょう。
例えば、採用活動において「求職者の知識・スキルを重視する」という方針を立てた場合、知識・スキルの採用基準を具体的に伝えると、採用担当者が理解しやすくなります。
人材採用・育成では、基本方針を明確にして分かりやすく伝える工夫が重要です。
第3条:トップが先頭に立って必死で育てる
- トップと一般従業員との距離が近いことが中小企業の特徴である。この特徴を長所として活かす。
- トップの考えや行動を前面に押し出す。遠慮は無用である
経営者や役員が、従業員の確保・育成業務に取り組めることは中小企業の大きなメリットです。
自社の特徴や強みをダイレクトに求職者に伝えたり、既存従業員と直接コミュニケーションの機会を持ったりすることは、大企業経営者には困難な取り組みです。
企業トップの考えや行動を示せば、大企業以上の成長スピードを期待できます。
第4条:採用ミスは致命傷
- 社長の考え方や企業の文化に合わない人を無理に採用しない。無理に採用したことによる損失は、募集や採用コストよりもはるかに大きい
- 良いことだけを見せない。マイナス面を理解して入社した従業員が戦力になる
中小企業にとって、どのような求職者を採用するのかは、将来性に関わる重要な決断の1つです。
仮に経歴優秀な人を採用しても、自社の経営理念や事業方針との間にミスマッチが起きれば、望む成果を得られないおそれがあります。
トップの方針や企業文化に魅力を感じた人を採用・育成できれば将来的に大きな戦力になるでしょう。
採用におけるミスマッチを防ぐことは、適切な人材確保・育成にとって重要な項目です。
第5条:人が育てば企業も育つ
- 企業の成長は従業員の成長についてくる。まず、従業員に学びの機会を与える
- 無理かもしれないことを思い切って任せる。小さな成功体験が大きな飛躍につながる
企業を実際に動かしているのは、一人ひとりの従業員です。そのため、自ら成長を望む従業員が増えれば企業の成長につながります。
そこで、人材育成に効果的な施策が、従業員を新しい業務に挑戦させたり勉強会の開催を促したりして、学びを得られる場を設けることです。
従業員が実際の現場で小さな成功体験を獲得できれば、モチベーションの向上や成長につながります。
企業トップや上司が、意識的に部下に学びの機会を与えることは、人材育成において重要な項目です。
第6条:部下の育成は仕事の一部
- 中間管理職以上には人材育成に責任を持たせる
- 従業員は通常業務だけで十分に忙しい。策を講じなければ、部下を育成するための時間と労力を見つけようとはしない
中小企業で働く従業員は、企業のコア業務に従事しています。自分の業務が最優先となるため、部下の育成に意識を向けられる人はそう多くありません。
そのため、中間管理職以上の従業員に、人材育成に責任を持たせる仕組み作りが重要となります。
さらに、企業トップや役員が部下の育成に取り組めば全社的な取り組みが可能になるため、効果的に従業員を育成できます。
第7条:制度や仕組みでは動かない
- 従業員数が20人規模になった段階で、昇給や昇任のための仕組みや制度を整備する
- しかしながら、中小企業は仕組みや制度だけでは動かない。大企業以上に従業員の納得感が求められる。
昇給や昇任のための仕組みや制度は、従業員のモチベーション向上に役立ちます。「会社に貢献しているかどうか」という前提条件はつくものの、自分の努力が昇給や昇任として返ってくるからです。
ただし、従業員が納得できる評価制度が設けられていない場合、従業員の働きがいに結びつかない点に注意が必要です。
企業トップや直属の上司が従業員を観察して理解すること。また、日常的なコミュニケーションをベースとして従業員が納得できる制度を構築・運用しましょう。
第8条:中小企業らしさに誇りを持つ
- 家族的な雰囲気は中小企業らしさの要である。中小企業らしさを求めて入社した従業員の期待を裏切らない
- 運動会、花見、そして社員旅行ができることが素晴らしい。やりたくてもできない企業が多いのが現実である。
家族的な雰囲気のある企業とは、家族のような雰囲気で従業員同士が接している企業と考えられます。親睦会や季節行事を開催したり家族同士の付き合いがあったりと、従業員同士の距離感が近い企業ともいえます。本書ではこうした取り組みを中小企業らしさの要に挙げているのです。
大企業の場合、こうした取り組みは非常に困難です。そのため、企業に家庭的な雰囲気を求める求職者の受け皿になれるのは中小企業だけといえます。
中小企業らしさをプラスに活かせば、企業と従業員でウィンウィンの関係を実現できるでしょう。
第9条:真似ずに学べ
- ある企業の成功事例をそのまま真似しない。企業風土や文化の違う企業が真似をしようとすると失敗する
- 他社の事例を知ることの最大の効果は、ヒントや気付きを得ることである。実際に何をするのかは社長が決める
他社の成功事例を自社に当てはめても、成功するとは限りません。なぜなら、他社と自社では、事業分野、働く従業員の属性や傾向、企業風土や文化などが異なるからです。
他社の成功事例は参考程度にとどめ、最終的に企業トップが、自社に最適な施策を実行することが成功の近道となります。
第10条:経営者は教育者
- 人材を育てるには時間も労力もかかる。しかも、すぐには効果は出ない
- 教えることが好きであるか、そして従業員の成長を自分のことのように喜ぶことができるか。できないからと言って簡単に切り捨てたりしないという教育者らしさが求められる
経営者が教育者になることには、いくつものメリットが存在します。
例えば、人材確保・育成が成功して従業員からの評価が高まれば、企業イメージの向上につながります。企業イメージの向上は、「質の高い求職者からの応募」「求人への応募数アップ」といった効果を招きます。
戦力になる従業員を育てるには時間や人手が必要ですが、投下した労力に見合うプラスの成果を期待できるのです。
中小企業の人材育成事例
中小企業庁は、公式Webサイトで「人手不足への対応事例集」を公表しています。ここでは、対応事例集から人材育成に力を入れた事例を2つ紹介します。
札幌ボデー工業株式会社
札幌ボデー工業株式会社は、特殊車両のオーダーメイド設計・制作・販売等を事業の柱とする従業員数100人ほどの企業です。
同社の課題は、熟練工から若手従業員への技術継承のための若手人材の定着と育成でした。
札幌ボデー工業株式会社が取り組んだのは、年功序列の廃止と能力給の導入でした。若手が活躍しやすい環境整備に注力したほか、OJT中心の人材育成を行いながら、映像を活用した新たなマニュアルを整備。
さらに、一部の業種で在宅ワークを可能にするなど、時代の変化に応じた柔軟な対応にも取り組みました。
その結果、若年層の定着率が徐々に向上したほか、経営サイドと従業員のコミュニケーション機会が増加。経営課題に対する明るい兆しが見えてきたのです。
参考:中小企業庁|中小企業・小規模事業者の人手不足への対応事例集
株式会社エイムカンパニー
株式会社エイムカンパニーは、飲食サービス業と人材派遣業を事業の柱とする従業員数140人ほどの中小企業です。
人材派遣業のほか、不動産業などを展開していましたが恒常的な人材不足が課題でした。また、コロナ禍による離職増加にも課題を抱えていました。
そこで、株式会社エイムカンパニーは、新人研修の後に定期的な面談を行い従業員と店舗責任者が意思疎通を図るよう方針を転換。他にも、面接を重視した採用プロセスを採択したり、社長自らがSNSで求職者にアピールしたりと、人材確保にも努めました。
その結果、定着する従業員が増えて平均年齢も上昇傾向になりました。
参考:中小企業庁|中小企業・小規模事業者の人手不足への対応事例集
まとめ
少子高齢化による労働人口の低下や政府によるDX化の推進など、日本の社会状況は目まぐるしく変化しています。しかし、時代がどのように変化しても、企業の成長の鍵となるのは従業員です。
この記事で紹介した「中小企業の人材確保・育成10カ条」を参考にしていただき、自社にあった人材確保・育成を進めましょう。