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AT1債は資本か負債か?発行側と投資家側の会計処理における課題とは 

クレディスイス(CS)の金融不安に関連して、約1,400億円のCS発行AT1債が日本においても個人、法人の投資家に販売されており、CSの救済スキームの中で当該AT1債が無価値とされたことが驚きをもって報道されました。 

これに関連して、本記事では、金融機関の経営破綻の可能性はどのように開示され注意喚起されるのか、世界的金融危機の再発防止のためのバーゼル規制とは何か、AT1債の発行目的と機能とは何か、そして、AT1債は資本なのか負債なのかについて、発行側と投資家側にわけて会計処理の課題を検討します。 

目次

SVBの破綻は予測可能だったのか? 

シリコンバレーバンク(SVB)が破綻したのは、監査法人が監査報告書を提出した2023年2月24日からわずか14日後のことでした。 一部報道では、監査法人がお墨付きを与えていたのに、なぜそのような短期間で破綻が起きたのかについて疑問を呈する論調もありました。 

この疑問に対して、安易に結論を出すことはできませんが、SVBの年次報告書(10-K)を読んだ上で、一般投資家として留意すべき点を記載します。 

①企業継続の疑義(ゴーイングコンサーン、以下GC)に関する開示について 

GCの開示は、決算日から1年以内に資金繰りが悪化し、経営破綻するリスクがあれば開示が必要となります。 

一般的に2年連続して重要な営業損失、営業キャッシュフローのマイナス、債務超過というような財務的にネガティブ要素があれば、経営者はそれを回避するための施策を策定し、それでもなお、その計画の実現性に不確実性がある場合には、その旨を財務諸表に注記する必要があります。 

また監査人は、その注記を受けて、そのような不確実性があることを注意喚起するため監査報告書に追加情報を記載します。 SVBの10-Kを読む限り、GCの開示は財務諸表にも監査報告書にも記載されていません。 

②SVBの財政状態と経営成績から見えること 

SVBの財務諸表からわかるのは、3年連続で営業黒字を計上しており、営業キャッシュフローもプラスであったということです。 

総資産約2120億ドルに対して純資産は約160億ドルあり、会計上の自己資本比率は2022年12月末で7.7%となっています。 従って、上記①で記載したような企業継続の疑義を呈するような兆候は見当たりません。 
他方で気になるのは、資産の運用先の多くが投資有価証券であることです。 

投資有価証券の残高は約1200億ドルであり、貸付金の736億ドルをはるかに超える額を保有していました。 また、投資有価証券のうち、満期保有有価証券が8割近くを占める913億ドルあり、時価評価ではなく償却原価法で評価されており、期末の時価は762億ドルとの注記がされています。 

即ち、含み損が純資産額に近い約151億ドルあることになりますが、損失として認識されていません。 
これは資産運用先が債券に偏り、継続する金利上昇に伴い含み損が拡大したことを示しています。 

しかし、それでも期末の純資産は含み損を上回る約160億ドルあり、さらに、年間の純利益は15億ドル程度と安定して計上しているので、満期保有有価証券を満期まで保有する意思と能力がある限り、すぐに破綻する状況とは思われません。 

ただし、預金約1,730億ドルの大部分が預金保険で保護されない25万ドル超の大口預金であるとの報道もあります。 
その報道が事実であれば、多くの預金者が「SVBが債務超過になったら自分の預金の一部が減額されるリスクがあるのではないか」と不安に思うのは容易に想像されます。 

③取り付けリスクは予測できたか 

では、何故SVBは破綻したのか? 

メディア報道等によれば、SVBは預金者の不安を取り除くため、満期保有有価証券の一部を売却して含み損を実現させ、それをカバーするために売却可能有価証券を売却するとのリリースを出したことで、逆に、一部投資家から財政状態への懸念が表明される引き金となってしまったということです。 

その結果、2023年3月8日から10日までの間に取り付け騒ぎとなり、SVBも監査当局も、緊急的な資金手当をする間もないほどのスピードで大量の預金流出が起きてしまいました。 
これはある意味で、SNS時代における群集心理の結果とも言えます。 

SVBの満期保有有価証券の大部分が世界で最も安全性が高く、満期には必ず元本が回収できるとされる米国債であったことを考慮すると、そのような預金者の群集心理を読むことは、会社にも監査人にも大変困難なことであると言わざるをえません。 また、このような不確かな可能性について、2月24日の財務諸表に不用意に開示すれば、それが引き金になって、もっと早く取り付け騒ぎが起きたかもしれません。 

このことから得られる反省としては、このような資産ポートフォリオに多額の含み損を抱える金融機関について、監督当局も含め、緊急事態にどのように対応するのか事前に体制を整えておく必要があり、そのような仕組みを預金者にも知らしめることにより不安心理を低減しておく必要があるということでしょう。 

また、会計的な観点からは、預金のような、状況によっては非常に流動的な負債に対応すべき資産の運用先である投資有価証券を満期保有目的に指定する(すなわち、満期まで保有する意思と能力があると主張する)ことの是非については、今後議論される必要があると思います。 

バーゼル規制とAT1 

上記SVBの項で説明した通り、金融機関の自己資本が薄くなってきた場合に、預金者は安心して資産を預けることが出来ません。 そこで、経営破綻による経済への伝播効果の大きい国際的な活動を行う銀行に対して、世界で統一的な規制をかけることになっています。 
それが『バーゼル規制』です。 

国際的な銀行には現在バーゼルIIIと呼ばれる規制が課されています。 規制には様々な側面がありますが、もっとも重要なのは自己資本規制です。 
例えば、普通株と預金だけで資金調達している銀行の場合、自己資本を超える損失(債務超過)が発生すれば、債務超過は全て預金者の負担となってしまいます。 
そこで、劣後債や優先株式を発行し、普通株を超える損失は、預金者が負担する前に、まず劣後証券の保有者に負担してもらう仕組みを考えました。 

その代表的なものがクレディスイスで議論となっている『AT1債(Additional Tier 1債)』です。 バーゼルIIIでは、このTier1資本(普通株とAT1債の合計)が、リスク資産の8%以上になるように要請しています。 また、AT1債を除く自己資本比率が、5.125%を割り込んだ場合(ゴーイングコンサーン・トリガー条項)、AT1債の元本が減額されることになっています。 

クレディスイスの例からもわかるようにAT1債の契約内容は、発行体によって異なりますが、基本的には、永久劣後債の形をとっています。 即ち、満期の定めがなく、利払いも発行体によって繰り延べることが可能な条件になっていて株式資本に極めて近い性格となっています。 

なお、クレディスイスの事例でも知られた通り、AT1債は普通株式の価値がゼロになる前に元本がゼロまで減額される可能性がある債券です。 
従って、投資家は、AT1債は預金者保護のために発行されるリスクの高い債券で、その高利回りは受け入れたリスクの裏返しであることを認識すべきと言えます。 

AT1債は資本か負債か? 

我が国のメガバンクもAT1債を発行しており、会計上どのように表示されているのかをSEC登録の年次報告書20-Fで調べてみました。 

SMFGは、IFRS基準を採用しており、資本として表示されていますが、MHFGとMUFGはUS基準を採用しており、負債として表示されています。 また、クレディスイスの10-KではUS基準で負債として計上されていました。 

①発行体の取り扱い 

IFRS基準では、IAS32号により、発行体が回避できない支払義務(元本、利息または両方)を負っている場合は負債とされます。 

そこで、AT1債のように、満期の定めがなく永久性があり、自己資本比率が一定割合を下回った場合に利払いを制限できる条項がある劣後債は、支払い義務を回避できることになり、資本に分類されます。 
法律的には金融負債であるのに、会計上資本に分類されることに違和感を覚える方もいるかと思いますが、法律は国によって異なるため、IFRS基準は、国際間の比較可能性を担保する必要性から契約の実質を重視したものと思われます。 

他方、US基準適用企業では、AT1債は負債に分類されています。 
このような重要な事項にGAAP(※)差があるのは正直驚きですが、US基準では、負債と資本の両方の性格を有する金融商品については、強制償還義務のある場合は負債とするとしています。そのため、例えば、AT1債について、何らかの法的な運用等により強制償還義務が起こりうるのであれば、負債に分類されます。 
ただし、上記各社の20-Fには何故AT1債を負債に分類したのかについての開示がありませんので正確なことはわかりません。 

いずれにしろ、発行体における処理は、単に貸借対照表の表示位置の問題にすぎませんが、資本性金融商品の投資家側の処理はIFRS基準とUS基準では大きく異なるため、資本と負債のどちらに分類されるかは投資家側でより重要な問題となります。 

※Generally Accepted Accounting Principlesの略 

②投資家側の会計処理 

現行の金融商品会計基準の設定過程において、IFRS基準でもUS基準でも資本性金融商品は公正価値で評価し、その変動は損益で認識する(FVTPL)ことになっていました。 
しかし、IFRS基準は、持合上場株を多く保有する日本企業等の要請もあり、議論の結果、公正価値の変動をその他の包括利益で認識する方法(FVTOCI)を選択する事が出来ることにしました。 

これをOCIオプションと呼びます。 
ただし、一旦選択すると売却の時の損益も全てOCI計上となりPLのリサイクルは禁止されます。 

他方で、US基準では、資本性金融商品についてIFRS基準のようなOCIオプションの適用は認めず、一部の非上場株式などの例外を除いてFVTPL、即ち、時価変動は全て損益で処理することとしました。 従って、日本企業の持合上場株の時価変動は全て損益処理されます。 
これは大きなGAAP差と言えます。 

しかし、US基準ではAT1債は負債に分類されているため、売買目的有価証券に分類されない限り、昨今の金利上昇に伴う時価の下落が経営成績に反映されることはありません。 バーゼルIIIでは、Tier1を補完するTier2資本も用意されており、そのための劣後債も発行されています。 

それらが、IFRS基準やUS基準で資本になるのか負債になるのかは追加的検討が必要ですが、これらが永久債として発行されることは稀なため、基本的な負債の性質である現金による将来の支払義務を有している可能性が高い債券と言えます。 

まとめ 

欧米の金融不安に関連して、会計上の資本と負債の区分や金融商品の評価の課題について検討しましたが、この分野はまだ国際的な会計基準の間でも差異があるため、今後の議論の進展を期待するとともに、その行方を注視していく必要があります。 

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この記事を書いた人

浜嶋 哲三のアバター 浜嶋 哲三 浜嶋哲三公認会計士事務所代表

1981年にアーサーアンダーセン(現あずさ監査法人)に入所。2002年パートナー就任以降、電気機器、リース、IT等の幅広い業種に属する米国SEC登録企業の監査リードパートナーを歴任。2006年には、日本人の公認会計士として初の米国PCAOBの検査受検者となり、米国監査基準の厳しさを再認識。経済環境の変化と厳格化する会計監査基準に対応すると同時に経営者視点からの助言を提供。2013年以降、監査実務に従事すると同時に、あずさ監査法人常務理事として審査、品質管理の要職を担当。2022年7月浜嶋哲三公認会計士事務所代表就任。

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