1.はじめに
本書は、2021年4月以降に開始する年度から適用されている「収益認識に関する会計基準」について、具体的な例を用いながらわかりやすく解説している書籍です。
日本において、会計基準は企業会計基準委員会によって制定され、そのホームページから閲覧することができるものの、実際に取引の記録を行う実務家が読むには難しいケースが多くなっています。
しかし、多少の会計の知識がすでにある方で、経営管理や経理などといった仕事に従事している方は、会計基準の考え方を理解したいわけではなく、結局、「いつどのタイミングで仕訳したら良いの?」という疑問に答えてくれるような書籍が欲しいはずです。
本書は、そのような方向けに、「注文の多い料理店」という設定を活かしながら、実際のビジネスの場において、いつどのタイミングで、どのような仕訳をしたら良いのかをわかりやすく解説しています。
著 者 : 金子裕子・植野和宏著
出版社 : 中央経済社
出版年 : 2020年
2.収益認識基準の概要 〜何が問題なのか?〜
本書において取り上げられて、解説されている問題は、収益認識のタイミングです。たとえば、コンビニで商品を販売して、その対価を得たときに、お店は売上を計上することになります。
では、携帯電話(スマートフォン)の販売はどうでしょうか?一般に、携帯電話の販売は、一括での取引ではなく、分割(割賦)での取引となります。10万円の携帯電話をたとえば10カ月かけて、1万円ずつ支払っていくわけです。
それでは、売上を計上するタイミングはいつでしょうか?携帯電話を顧客に引き渡したときでしょうか?しかし、このタイミングでは、まだ携帯代金は支払われていません。
1カ月経過して、1万円だけ本体代金が支払われました。このタイミングで売上を計上すべきでしょうか?ですが、まだ9万円分の本体代金を回収することができていません。
では、10万円が回収された段階で、売上10万円をまとめて計上することが正しいと言えるでしょうか?携帯電話をすでに引き渡しているのに、その後10カ月経過してから売上を計上するのが果たして正しい会計処理であると言えるでしょうか?
このように、収益認識の問題とは、収益をいつのタイミングで計上するべきかという問題であると考えることができます。本書でも指摘されているように、従来、日本では、企業会計原則に、「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」と規定されているだけで、収益認識に関する包括的な会計基準はありませんでした。
一方で、国際会計基準審議会(IASB)および米国財務会計基準審議会(FASBは)は、共同して収益認識に関する包括的な会計基準の開発を行い、2014年5月には、「顧客との契約から生じる収益」(IASBにおいてはIFRS第15号、FASBにおいてはTopic 606)を公表しています。
こうした状況を踏まえて、2018年3月、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」および企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」が公表されています。
3. 難しい収益認識基準を平易な言葉でわかりやすく解説している
本書は、こうした状況を踏まえて、収益認識基準に関する考え方をわかりやすく解説しています。
構成は以下のようになっています。
目次
第1章 レストラン山猫軒は、今夜も大繁盛!
第2章 イーハトーヴ・カレーはスーパーでも大人気!
第3章 建設やソフトウェア関係の会社は大混乱?
第4章 山猫クッキングスクールで丸儲け
付録(収益認識会計基準の概要;収益認識会計基準と税務)
どの章においても、まずは、事例として“山猫たちの会話”を通して、収益認識に関する各論点が提示されています。収益認識の際に実務家が直面しやすい疑問点をわかりやすく提示してくれるので、会計基準の適用シーンが具体的にイメージできるようになります。
その後、“要点スケッチ”で、論点をイラストで表示してくれているので、会計基準を読むのが大変という方にも直感的に理解しやすくなっています。さらに、本書が特徴的であるのは、“会計基準の解説”と“税務の取扱い”という両者を比較しながら解説してくれているので、会計・税務の異同がわかるようになっています。
これによって、実務家が現場で直面する会計上の取り扱いと税務上の取り扱いで迷わないようになっているのが便利です。要点スケッチでイラストで示された論点は、設例の豊富な仕訳や図解で具体的な処理の方法がわかるようになります。
具体的に、本書のストーリーは、大まかに4つのビジネスに焦点を当てて展開されています。
「注文の多い料理店で学ぶ収益認識会計で取り上げられるビジネス」
・レストラン経営
・食品の販売
・建設業
・料理教室の運営
メインストーリーは「レストラン山猫軒」を軸に展開し、「イーハトーヴ・カレー」のレトルト製品、福神漬けなどのカレーのサイドメニュー、そして「レストラン山猫軒」のパティシエが手掛けるクッキーなどの販売が描かれます。
これらの商品やサービスから発生する収益認識の議論が進行します。さらに、山猫社長の親友が営む建設業へのアドバイスも紹介されます。そして、「山猫クッキングスクール」という料理教室の会費や、書籍・レシピ・動画販売などによる収益認識の議論が取り上げられます。
以下のような多岐にわたるテーマが取り扱われますが、いずれも、実際のビジネスにおいて直面する取引時の課題を解決するのに役立ち、収益認識に関する論点が幅広く網羅的に取り扱われています。
レストラン
- 割引クーポンの使用
- クレジットカードやデジタル決済の利用
- コース料理とクッキーのセット販売
- 食事券の販売
- ポイントカードの発行と利用
- 他社発行ポイントの使用
- 延滞支払いの実施
- フランチャイズライセンスの付与
- 定額制レストランの開始
食品販売
- レトルトカレーのリベート付き販売
- 福神漬けの委託販売
- クッキーの有償供給取引
- インターネットでのクッキー販売
- レトルトカレーの海外輸出
建設
- 大型機械販売と設置業務の契約
- 大型機械販売契約における任意保証の選択
料理教室
- 料理本の出版
- 料理教室の入会金収入
- 料理レシピや動画の販売
- フランチャイズ、流行の定額制レストラン、料理動画提供
そもそも、新しい基準のもとでは、売上高などの収益は、企業が契約上の履行義務を充足したときに認識するルールになっており、企業から顧客への財やサービスの支配の移転が、a.一時点で生じる場合とb.一定期間にわたり継続的に生じる場合を区別して、企業による履行義務の充足パターンを2通りに分類します。
そして、a.一時点で支配が移転する取引には販売基準を適用し、b.継続的に支配が移転する取引には工事進行基準のような生産基準の適用を求めています。
ただし、履行義務の充足時期から大きく遅れて収益を認識することになってしまう回収基準は排除されています。そのため、先の例で扱った携帯電話は、一定期間にわたり継続的に企業による履行義務の充足が起きると考えて、支払いがあるたびに1万円ずつ、収益を認識するのが正しい会計処理ということになります。
おわりに
本書は、単なる会計基準の解説書に留まらず、日々会計処理で悩んでいる実務家の方に向けて、実務で役立つように解説が工夫されていることが特徴です。そのため、どの章も、“山猫たちの会話”から始まり、そこで収益認識に関する各論点が提示されるので、読む人がどんなところでつまずきやすいのかが明確になります。
そのうえで、事例を通じて会計基準の適用シーンが具体的にイメージできるよう、工夫されているので、会計基準について全く理解していない方でも、具体的なイメージを持ちながら、なぜこのように会計処理が行われるのかを理解できるようになっています。
会計基準を解説した書籍の多くは、専門用語などが並んでいて理解しにくいということが少なくない中で、本書は、実務家の方が戸惑いやすい論点を幅広く盛り込みながら、実例を通じてわかりやすく解説したところに、他の書籍にはない魅力があると考えられます。