1.はじめに
本書『スタートアップのバックオフィス 必携ガイド 総務・法務・経理・人事が1人でできる本』は、スタートアップで働くことになった方であれば、是非一読しておきたい内容が網羅された必携の本です。
スタートアップ企業で働くということは、一見すると華やかな世界に見えるかもしれません。創業間もないIT企業がこれまでにないユニークなサービスや商品を市場に投入し成功をおさめているのをテレビでみて、そんなイメージを持っている方も多いでしょう。
しかし、実際にスタートアップで働くということは、何の前例もマニュアルもルールも制度もないなかで、突然降ってくる業務と言う名の雑務を何とかこなすということにほかなりません。
本書は、そんな環境で働く方が、何とか生き抜いていく術をわかりやすく解説することに成功した本です。スタートアップ企業で働いた経験が全くない方でも、本書を読むだけで何とかバックオフィスの業務をこなせるようになるでしょう。
私たちが想像する仕事というのは、実はすでに誰かがやりやすいよう十分に準備されたものです。本書を読めば、それを理解できるでしょう。
多くの方が学生時代に経験したアルバイトも、就職活動の一環として受けるインターンシップも、すべて何とか1人でもこなせるように、会社の誰かが事前に準備しているものなのです。
しかし、スタートアップという特殊な環境では、そのような事前準備は何もありません。何をするにも前例がなく、あらゆる場面において自分自身で意思決定を行う必要があります。
一度意思決定を行ってしまえば、その仕事は自分でやらなければなりません。なぜなら、誰もその仕事を知らないからです。そのため、そもそも、総務・法務・経理・人事といったそれぞれの領域でよく使われるが一般的ではない経営用語の丁寧な説明がされています。
経理財務の基礎的用語として用いられるROEやROAという用語は、一般の人には馴染みがないものでしょう。しかし、本書を読むことで、そもそもROEとは何か、ROAとは何かがわかり、業務をしているときに疑問に思う些細な事柄まで丁寧に説明されているのが特徴です。
「出来たばかりのスタートアップは、たとえば大学のサークルのようなものです。そこには最低限の上下関係やルールしかありません。一緒にいると楽しそうだから来てみた、という状態から起業はスタートします」と筆者は述べています。
本書を執筆した筆者は、大手監査法人に会計士として勤務したあと、スタートアップビジネスの世界に携わるようになりました。
現在に至るまで、多くのスタートアップ企業のバックオフィス構築に携わり、厚生労働省から「テレワーク推進企業等労働大臣表彰」を受賞するなど、スタートアップ企業での実務経験を持っています。
本書は、スタートアップ企業におけるある意味で生々しく泥臭い仕事を、何とかこなしていくための「ガイド」を提供してくれる本です。
大学や高校などの経営学の教科書においては、「こうすればこうなる!」と当然のこととして説明されてしまうプロセスを、一つ一つ丁寧に教えてくれることに特徴があります。
何よりも「ガイド」としての役割を担うことに焦点が当てられているので、読者は読むだけでスタートアップ企業では何がなされるべきなのかを大局的に理解できます。
バックオフィスで行われるべき業務の全体像を示したうえで、実際に何をすれば良いのかがわかるように書かれており、バックオフィス業務を行うために何も用意されていないことが常のスタートアップ企業で、何とか業務を回すための有用なガイドになっています。
なお、本書の目次は以下のとおりです。
著 者 : 金子裕子・植野和宏著
出版社 : 中央経済社
出版年 : 2020年
- 第1章 スタートアップの設立準備と手続
- 第2章 スタートアップの経理・税務
- 第3章 ベンチャーの総務・法務
- 第4章 ベンチャーの人事・労務
- 第5章 ベンチャーの上場準備とM&A
目次をみればわかるように、スタートアップ企業からベンチャー企業へと成長し、上場に至るまでのプロセスで、どのようにバックオフィス業務のプロセスを整備していけばよいかが具体的に書かれています。
次節では、スタートアップ企業で働く際のバックオフィス業務の特徴について、本書で書かれている内容をまとめるとともに、レビューしていきます。
2. スタートアップ企業のバックオフィス業務
スタートアップにおける経理・税務は、企業の健全な成長を支える基盤となる業務です。本書は、こうした会社の収益やイノベーションに直接的に繋がらないが、誰かがやらなければ会社という組織が回らない業務をバックオフィス業務と呼んでいます。
スタートアップのバックオフィスは、総務、法務、経理、人事など多岐にわたる業務を1人で担当するのが普通です。大企業や中小企業とは異なり、スタートアップ企業では、専門の部署やチームが存在しないことが多いため、1人または少数のメンバーが複数の業務を同時に担当しなければならないからです。
一般に、バックオフィス業務では、それぞれ以下のような業務を行う必要があります。
経理・財務業務
- 収支の管理、帳簿の記録、月次・年次の決算業務
- 資金繰りの管理、予算の策定と実績分析
- 税務申告、税金の計算と支払い
人事業務
- 採用活動、面接の実施、労働契約の締結
- 給与計算、社会保険の手続き
- 教育・研修の実施、人事評価
総務業務
- オフィスの管理、資産管理、契約管理
- 社内規定やマニュアルの作成・更新
- 社内イベントや会議の調整・実施
法務業務
- 契約書の作成・確認、法的トラブルへの対応
- 法律や規制の変更に伴う対応策の検討
- 外部の法律専門家との連携
IT管理
- 社内のITインフラの構築・管理
- ソフトウェアの導入・更新、セキュリティ対策
- データのバックアップ・復旧
購買・調達業務
- 必要な商品やサービスの購入、供給業者との交渉
- 契約の管理、発注・納品のスケジュール調整
新しい会社では特に初期段階において、バックオフィス業務の専門家を全員揃えるのは難しいため、1人のメンバーが複数の役割を果たすことが求められます。このリストを見ただけでも、1人でこれらの業務を回すのは困難であることがわかるでしょう。
このような状況のもとでは、予期しない問題や課題が頻発することは避けられません。例えば、契約書の一部で不備があったり、税務申告の期限を逃してしまうなどのリスクが考えられるでしょう。
そのため、スタートアップ企業のバックオフィス業務においては、柔軟な対応能力と幅広い知識が求められます。
また、外部の専門家やコンサルタントとの連携も重要となり、適切なタイミングでの相談や情報収集が不可欠です。スタートアップの成長とともに、これらの業務の専門性も高まるため、早い段階からの体制整備と知識の蓄積が重要です。
本書では、筆者のスタートアップ企業で働いた経験をもとに、スタートアップ企業がこれらのバックオフィス業務を構築するうえで有用なツールを丁寧に一つ一つ紹介するところから始まっています。
たとえば、スタートアップの経理ツールとして、Excel/Googleスプレッドシートが挙げられています。スタートアップ企業には、多様なバックグラウンドの人が集まるのが普通で、ツールを自由に作成できるようにしてしまうと、情報共有が難しくなってしまうと説明されています。
他にも、具体的なおすすめの会計システム名を挙げながら、「一度使いはじめてしまうと他社製品に移行することは相当の手間とコストを要するので、会計ソフトの選定は慎重に」と説明されているなど、ツール選定・ツール運用時の注意点にも言及されています。
このように、スタートアップ企業で使うべき具体的なツールと使用上、運用上の注意点について丁寧に解説されていることが本書の魅力です。また、本書では効率的な業務遂行のためのコツなども紹介されています。
例えば、スタートアップ企業で働く、あるいは起業する前に、やっておくべき具体的なこととして、クレジットカードの限度額を上げておくこと、奨学金の返済猶予、雇用保険の基本手当の支給の受け方など、懇切丁寧な説明がされていることが特徴です。
3. おわりに
創業間もないスタートアップ企業や、今後成長していかなければならないベンチャー企業において、バックオフィス業務は、企業の運営を円滑にし、法的・財務的なリスクを最小限に抑えるために不可欠なものです。
本書『スタートアップのバックオフィス 必携ガイド 総務・法務・経理・人事が1人でできる本』は、このようなスタートアップの現場で直面する課題や困難を乗り越えるための実践的な手引きを提供するものです。
本書には、筆者の経験に基づく非常に有用なヒントやアドバイスが多く含まれています。特に、単なるツールや手法の説明に留まらず、具体的な行動指針を示しているところが他の類書とは一線を画しています。
このガイドブックは、その業務を効率的に、かつ正確に遂行するための実践的な手引きとして、スタートアップの現場での業務に携わるすべての人にとって、一読の価値があると言えるでしょう。