1.はじめに
本書は、財務会計・財務諸表分析と呼ばれる分野の教科書でありながら、「@コスメ」を運営する株式会社アイスタイルの創業から株式公開を経て現在に至るまでのプロセスを、同社の実際の会計数値を確認しながら学べるという、極めて実践的な書籍です。
財務会計・財務諸表分析と呼ばれる分野の伝統的な教科書は、会計基準や計算式を説明しているものが少なくありません。会計基準や計算式を学ぶことは、公認会計士・税理士・簿記といった資格の合格を目指すうえでは、確かに有効な勉強方法となると考えられます。
しかし、どんなに会計基準や計算式を精緻に理解しても、会計が実際に社会の中でどのように活用されているのかを理解することは困難です。会計は、会社の経済活動を生き生きと写し出す鏡のようなものなので、経営(ビジネス)と会計は不可分なものと考える必要があります。
にもかかわらず、他の書籍では、会計を学ぶことに比重が置かれすぎてしまい、会計と経営を同時に学ぶということができなくなっていました。実際、会計専門職として公認会計士として登録するためには、公認会計士試験に合格後、実務研修に合格しなければなりません。
また、税理士として登録する場合でも、税理士試験を勉強しながら、会計実務の経験を積むことが必要になります。つまり、本来、会計を学ぶということは、会計が、会社のなかでどのように活用されているか、会計を通じて経営まで学ぶということなのです。
この点、アイスタイルは、創業以来20期連続の増収であった一方で、利益は増益と減益を繰り返していました。その経営の実態について、アイスタイルは、会計の数字と言葉を用いて一貫して外部のステークホルダーに丁寧に説明していました。このことは、会計を通じて会社の実態を把握し、ステークホルダーに対して説明するという実務が会社に定着していることを意味しています。
そのため、アイスタイルの財務諸表は、経営(ビジネス)と会計を同時に学べる、格好の教材と考えられるのです。
本書は、起業ストーリーを素材として、会計の仕組みや考え方を学術的な視点を交えながら体系的に解説するという、類書にはない特徴を備えています。
書籍の構成
著 者 : 川島健司著
出版社 : 中央経済社
出版年 : 2021年
なお、本書の構成は以下のとおりです。
序章 会計とは何か、 どのように学ぶか
第1部
複式簿記 | 財務諸表を作成する
● 起業ストーリーI アイスタイルの創業期:1999年−2004年
第1章 会社経営と財政状態
第2章 収支計算と損益計算
第3章 複式簿記の方法
第4章 複式簿記の実践
第2部
会計学 | 会計処理を考察する
● 起業ストーリーII アイスタイルの拡大期:2005年−2009年
第5章 利益計算の会計
第6章 資産の会計
第7章 負債と資本の会計
第8章 会計学の実践
第3部
財務分析 | 財務諸表を読解する
● 起業ストーリーIII アイスタイルの上場期:2010年−2014年
第9章 貸借対照表の分析
第10章 損益計算書の分析
第11章 キャッシュ・フローの分析
第12章 財務分析の実践
第4部
価値分析 | 会社の価値を評価する
● 起業ストーリーIV アイスタイルの挑戦期:2015年−2019年
第13章 会社の価値と資本コスト
第14章 DCFモデル
第15章 残余利益モデル
第16章 価値分析の実践
終章 会計の歴史ストーリー
本コラムでは、アイスタイル社の創業ストーリーに沿いながら、本書の特徴を紹介していきます。
前半の第1部・第2部では、財務諸表の作成方法について学ぶことができ、後半の第3部・第4部では、作成された財務諸表を分析したうえで、会社の戦略を練る方法を学ぶことができます。そこで、まずは、前半の第1部・第2部の内容を詳しく解説していきます。後半の第3部・第4部については、続編のコラムである「起業ストーリーで学ぶ税務・会計 後編」で紹介していきます。
2.財務諸表を作成する〜アイスタイルの創業期の会計: 1999年-2004年〜
会計の世界において、創業期に重要となるのは、「どこから資金を調達して、その資金はどのように活用されたのか」ということです。この点は、貸借対照表と呼ばれる計算書で表現されます。つまり、貸借対照表とは、どこから資金を調達したのかという「資金調達源泉」と、その資金がどのように活用されたのかという「資金の運用形態」を示しているということです。
本書では、「誰からいくらの資金を預かり、それをどのように使っているか」(p.32)という言葉で示されています。そして、このことが、アイスタイルの創業期と重ね合わせて活き活きと描かれているのが本書第1部の特徴です。
創業時、アイスタイルは、「みんなで作る、みんなのためのコスメガイド」をインターネット上に作ることを目指していました(p.19)。こうしたインターネットサイトを作成するためには、創業時に資金を調達しなければなりません。本書のインタビューのなかでも、創業者の一人である吉松徹郎氏が、資金集めに特に苦労したことが示されています(p.29)。
では、その資金はどこから調達するかと言えば、まずは自分自身で資金を準備することになります。創業者としての自分自身の資金は会社の資金として自由に使うことができるため「自己資本」と呼ばれます。資本とは、会社の活動の元手となる資金と考えて差し支えありません。アイスタイルの自己資本は、現金300万円だけであったと本書では示されています(p.23)。
しかし、自分自身の資金だけでは、会社の活動の元手としては足りないというケースも多くあります。この場合、銀行などの金融機関から融資を受けることになります。金融機関から融資を受けた場合、その資金は会社の資金として自由に使うことができるわけではありません。
融資を受ける際には、事業計画書を金融機関に提出しなければならず、創業者はその計画書通りに、会社の資金を使う必要があります。そうでなければ、融資を打ち切られてしまう可能性があるからです。したがって、金融機関から借入れた資金は創業者と言えども、自由に使えるわけではありません。
このような資金は、自分自身の資金ではないことから、「他人資本」と呼ばれます。創業期のアイスタイルの他人資本(短期借入金)は、1,000万円であったと示されています(p.25)。
そして、創業期は、この自己資本と他人資本によって資金を調達し、その資金を使って、事業活動に必要な「投資」を行っていくことになります。「調達した資金」の額と「投資できる資金」の額は、当然同額になります。したがって、次のような等式が成り立ちます。
この等式が示しているように、投資できる(投資した)資金は「資産」と呼ばれます。この資産とは、「将来会社にお金をもたらしてくれるもの」です。たとえば、アイスタイルは、インターネット上で「@コスメ」というサイトを運営するわけですから、その運営のために欠かせないサーバーに対して多額の投資を行う必要があります。
投資できる上限は、当然、調達した資金だけです。ただし、その他にも、従業員への給与などを支払う必要がありますから、すべての調達した資金を使えるわけではないことに注意が必要です。
このように、本書では、創業期における会計の動きが活き活きと描き出されています。教科書的な説明だけではなく、実際の会社の創業期における活動と会計の動きが同時に示されていることが特徴です。こうすることで、創業期における経営(ビジネス)と会計という両輪を同時に学ぶことができるようになっています。
3.会計処理を考察する〜アイスタイルの拡大期: 2005年~2009年〜
創業期を経て、拡大期となると、会社の活動が多様化していきます。消費者に対してサービスを提供すれば、その対価を得ることができ、会社の売上となります。会計の世界では、売上は収益と呼ばれます。サービスを提供するうえでは、従業員を雇用しなければなりません。
その場合には、給与の支払いも必要となります。税金の支払いも必要です。会計の世界では、このような支出は費用と呼ばれます。会社の収益から費用を引くことで「利益」を計算することができます。利益とは会社の儲けのことを言います。もちろん、収益よりも、費用の方が大きければ、儲けは出ないので「損失」が出ることになります。
創業後、事業が拡大期となれば、売上も伸びるようになりますが、同時に、様々な費用がかかることになります。このとき、売上に関する活動と費用に関する活動についてきちんと記録を残しておかなければなりません。なぜなら、売上と費用をきちんと管理しなければならないからです。売上と費用の管理は、最終的には利益の管理にも繋がります。
本書で紹介されているように、創業期後の拡大期には、資金繰りが悪化したりと、次々と経営課題が明らかとなってきます。実際、アイスタイルでも、拡大のためのさらなる資金調達が難航して、資金が足りなくなる事態が常態化していました。さらに、@コスメの会員数が拡大したことで会社の売上が拡大する一方で、会社の規模が大きくなったために、多くの従業員を雇用することになるなど、経営は常に逼迫した状態だったと記されています(p.101)。
拡大期においては、売上と費用の全貌が理解できていないと、会社の現状を全社的な視点で可視化して把握することができなくなります。規模が小さいうちは、目に見える範囲で会社の活動が行われていて、様々な取引の全貌を把握することができるかもしれません。
しかし、会社の規模が大きくなれば、必ずしも、目に見える範囲内で会社の活動が行われているわけではありません。この意味で、会計は会社の経営状況を可視化し、正しい理解につなげていくためのツールとなります(p.113)。
つまり、会計は、単にどこから資金を調達して、その資金を何に投資しているのかを示すだけではなく、会社の様々な活動を可視化して、管理可能にするためのツールでもあるというわけです。
4.おわりに
本書は、全体を通じて、会計を通じて経営(ビジネス)を学ぶことができる、これまでになかったスタイルで書かれた教科書です。会計の勉強というと、細々とした法律・会計基準・簿記の仕訳の仕方を想像する人が少なくありません。しかし、本書では、まずアイスタイルの創業期から上場後までのビジネスプロセスを、どのように会計が表現し得るのかに焦点を当てています。これによって、読者は、ビジネスとは独立して会計を学ぶのではなく、ビジネスのなかで会計を学ぶことができるようになっています。
本書の前半部分で示されているように、会計とは、経営(ビジネス)を写し出す鏡のようなものです。多くの企業にとって、会計情報は秘匿すべき情報となります。なぜなら、会計情報は経営(ビジネス)を写し過ぎてしまうからです。経営が上手くいっていなければ、会計はその姿をそのまま写し出してしまうでしょう。
したがって、多くの会社は本書のアイスタイルのように、会計情報を公開してはくれません。上場している会社の内部でどのようなことが起こっていた/起こっているのかを本書は活き活きと描き出すことに成功しています。上場企業の会社の内部の状況をここまで生々しく描ききったことで、本書は類書にないほど、読者に多くの示唆を与えてくれるでしょう。
本書ではコロナ前の2019年6月期までのケースを取り上げていますが、株式会社アイスタイルはその後、コロナ禍に入り大変な経営危機に陥りました。2022年末、本書のケースに続けるかたちで、コロナ禍の影響について創業者の吉松徹郎氏に語っていただく講演会が実施されました。本書の続きが気になる方は是非ご視聴ください。