中小企業向け賃上げ促進税制が令和6年4月1日以降に開始する事業年度より拡充して適用されます。
昨今の物価上昇に対して、賃金の上昇が追い付かずに負担を感じている労働者の生活を守るべく、物価上昇を十分に超える持続的な賃上げが行われる経済の実現を目指す観点から、賃上げ促進税制は、積極的な賃上げを行う企業を支援する制度です。
それでは、賃上げ促進税制の内容と、拡充される点についてご紹介します。
賃上げ促進税制とは※¹
中小企業向け賃上げ促進税制とは、中小企業者等が、前年度より給与等を増加させた場合に、その増加額の一部を法人税から税額控除することができる制度です。
この税制の適用対象となる中小企業者等とは以下の通りです。
※以下の条件に該当しても前3事業年度の所得金額の平均額が15億円を超える法人は本税制適用の対象外となります。
(1)資本金の額又は出資金の額が1億円以下の法人
ただし、同一の大規模法人から1/2以上の出資を受ける法人、2つ以上の大規模法人から2/3以上の出資を受ける法人を除く
※大規模法人の定義とは…資本金の額若しくは出資金の額が1億円超の法人、資本若しくは出資を有しない法人のうち常時使用する従業員が1000人超の法人又は大法人(資本金の額又は出資金の額が5億円以上である法人等)との間に当該大法人による完全支配関係がある法人等をいい、中小企業投資育成株式会社を除く
(2)資本又は出資を有しない法人のうち常時使用する従業員数が1,000人以下の法人
(3)常時使用する従業員数が1,000人以下の個人事業主
(4)協同組合等
賃上げ促進税制の適用には、前年度より給与等を増加させた場合等の一定の要件を満たすことが必要です。令和6年3月31日までに開始する事業年度が対象の既存の制度は、通常要件として1つ、上乗せ件として2つの要件があり、満たす要件数が多い程、税額控除額が多くなります。
それでは、まずは令和6年3月31日までに開始する事業年度が対象の要件についてご紹介します。
通常要件
通常要件は「雇用者給与等支給額が前年度と比べて1.5%以上増加すること」です。以降でご紹介する上乗せ要件だけでは賃上げ促進税制を適用することができず、適用にあたってはこの通常要件を満たすことが必須となります。
雇用者給与等支給額とは
雇用者給与等支給額とは、適用年度の所得の金額の計算上損金の額に算入される全ての国内雇用者に対する給与等の支給額をいいます。
国内雇用者には、正社員のみならず、パート、アルバイト、日雇い労働者を含みますが、使用人兼務役員を含む役員及び役員の特殊関係者、個人事業主の特殊関係者は含まれません。
役員とは、法人の取締役、執行役、会計参与、監査役、理事、監事及び清算人等、特殊関係者とは、法人の役員又は個人事業主の6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族である親族等のことをいいます。
給与等とは
給与等には、俸給、給料、賃金、歳費のみならず、賞与やこれらの性質を有する給与が含まれます。退職金など給与所得とならないものについては、原則として給与等に該当しません。
所得税法において非課税とされる給与所得者に対する通勤手当等についても、原則的に、この制度における給与等に含まれます。
税額控除
この要件を満たした場合、法人税額又は所得税額の20%を上限に、控除対象雇用者給与等支給増加額の15%を法人税額又は所得税額から控除することができます。
控除対象雇用者給与等支給増加額とは、適用年度の雇用者給与等支給額から前事業年度の雇用者給与等支給額を控除した金額です。
上乗せ要件①
1つめの上乗せ要件は「雇用者給与等支給額が前年度と比べて2.5%以上増加すること」です。
通常要件では、1.5%以上の増加を求めていますが、それをさらに上回った場合で2.5%以上の増加となる場合に、この上乗せ要件を満たすこととなります。
税額控除
この要件を満たした場合には、控除率が15%加算、つまり通常要件と上乗せ要件①を満たす場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の30%を法人税額又は所得税額から控除することができます。
上乗せ要件②
2つめの上乗せ要件は、「教育訓練費の額が前年度と比べて10%以上増加していること」です。
教育訓練の対象者
要件に算入することができる教育訓練費の支出の対象者は、法人又は個人の国内雇用者です。
法人の役員又は個人事業主、その特殊関係者、使用人兼務役員、内定者等の入社予定者に対する教育訓練費は、要件判定に用いることはできません。
教育訓練費とは
教育訓練費とは、法人等が教育訓練等を自ら行う場合の費用、他の者に委託して当該国内雇用者に対して教育訓練等を行わせる場合の費用、他の者が行う教育訓練等に参加させる場合の費用のことをいいます。
法人等が教育訓練等を自ら行う場合の費用には、外部講師謝金等や外部施設使用料等が該当し、以下のものが含まれます。
- 法人等がその国内雇用者に対して、外部から講師又は指導員を招聘し、講義や指導等の教育訓練等を自ら行う費用
- 外部講師等に対して支払う報酬、料金、謝金その他これらに類する費用
- 法人等がその国内雇用者に対して、施設、設備その他資産を賃借又は使用して、教育訓練等を自ら行う費用
- 施設、備品、コンテンツ等の賃借又は使用に要する費用
- 教育訓練等に関する計画又は内容の作成について、外部の専門知識を有する者に委託する費用
他の者に委託して当該国内雇用者に対して教育訓練等を行わせる場合の費用には、研修委託費等が該当し、以下のものが含まれます。
- 法人等がその国内雇用者の職務に必要な技術や知識の習得又は向上のため、他の者に委託して教育訓練等を行わせる費用
- 教育訓練等のために他の者に対して支払う費用
他の者が行う教育訓練等に参加させる場合の費用には、外部研修参加費等が該当し、以下のものが含まれます。
- 法人等がその国内雇用者の職務に必要な技術や知識の習得又は向上のため、他の者が行う教育訓練等に当該国内雇用者を参加させる費用
- 他の者が行う教育訓練等に対する対価として当該他の者に支払う授業料、受講料、受験手数料その他の費用
これらの教育訓練費について、算出の根拠となる資料の提出は申告の際に必要ありませんが、教育訓練等の実施時期、教育訓練等の実施内容及び実施期間、教育訓練等の受講者、教育訓練費の支払証明を記載した書類の作成及び保存を行う必要があります。
税額控除
この要件を満たした場合には、控除率が10%加算、つまり通常要件と上乗せ要件②を満たす場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の25%を、通常要件と上乗せ要件①、②を満たす場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の40%を、法人税額又は所得税額から控除することができます。
令和6年度からは拡充!
上記の制度の要件は、令和4年4月1日から令和6年3月31日までの間に開始する各事業年度が対象となっており、令和6年4月1日以降に開始する事業年度より、上乗せ要件の改訂及び税額控除率等の拡充がなされます。
※個人事業主の場合には令和7年から9年までの各年が対象です。
この拡充内容は、総務省が発表した、令和5年12月22日に閣議決定された税制改正の大綱の概要よると、「中小企業向けの措置について、教育訓練費に係る税額控除率の上乗せ措置について、教育訓練費の増加割合が5%以上等である場合に適用できることとし、くるみん 又は えるぼし(2段階目)以上の認定を受けた場合に税額控除率に5%を加算する措置を加え、5年間の繰越控除制度を設けた上、その適用期限を3年延長する。」とされています。
それでは、この税制改正によって変更された内容の詳細をご紹介します。
教育訓練費の要件が緩和
税制改正の大綱における「教育訓練費に係る税額控除率の上乗せ措置について、教育訓練費の増加割合が5%以上等である場合に適用できる」とは、上記の上乗せ要件②における「教育訓練費の額が前年度と比べて10%以上増加していること」に係る要件が緩和されたことをさします。
この要件を満たすことで上乗せされる税額控除の控除率は10%と変更はありませんが、要件緩和により、より多くの中小企業等が要件を満たしやすくなりました。
新しい上乗せ要件
税制改正の大綱における「くるみん 又は えるぼし(2段階目) 以上の認定を受けた場合に税額控除率に5%を加算する措置」とは、新たな上乗せ要件の追加をさします。上乗せ要件③が創設されたといえます。
くるみん認定とは、子育てサポート企業として、厚生労働大臣の認定を受けた証のことをいいます。
女性労働者の育児休業等取得率が、75%以上であることや、男性労働者の育児休業等取得率が7%以上であること等の要件を満たした企業が申請を行うことで、認定を受けることができます。
くるみん認定には、その要件の達成度に応じてくるみん認定、プラチナくるみん認定、トライくるみん認定の3種類があります。くるみん認定の場合には、このいずれかの認定を受けることで要件を満たします。
えるぼし認定とは、女性の活躍に関する取組の実施状況が優良な企業として、厚生労働大臣の認定を受けた証のことをいいます。
直近の事業年度において、管理職に占める女性労働者の割合が産業ごとの平均値以上であることや、雇用管理区分ごとの労働者の法定時間外労働及び法定休日労働時間の合計時間数の平均が、直近の事業年度の各月ごとに全て45時間未満であること等の要件を満たした企業が申請を行うことで、認定を受けることができます。
えるぼし認定には、えるぼし認定(1段階目)、えるぼし認定(2段階目)、えるぼし認定(3段階目)、プラチナえるぼし認定の4種類があります。えるぼし認定の場合には、えるぼし認定(2段階目)以上の認定を受けることで要件を満たします。
この要件を満たした場合には、控除率が5%加算、つまり通常要件と上乗せ要件③を満たす場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の20%を、通常要件と上乗せ要件①、②を満たす場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の40%を、通常要件と上乗せ要件①、②、③を満たす場合には、控除対象雇用者給与等支給増加額の45%を法人税額又は所得税額から控除することができます。
上乗せ要件③が加わったことにより、税額控除の控除率が、令和6年3月31日までに開始する事業年度では、控除対象雇用者給与等支給増加額の最大40%であったことに対し、令和6年4月1日以降に開始する事業年度では、控除対象雇用者給与等支給増加額の最大45%と、より多くの税額控除が可能となりました。
また、要件に くるみん認定 や えるぼし認定 が加わることで、子育て世代や女性の働きやすさの向上を目指す企業が増加することが期待されています。
繰り越しが可能に!
税制改正の大綱における「5年間の繰越控除制度を設けた」とは、要件を満たす賃上げを実施した年度に控除しきれなかった金額の5年間の繰越しが可能となったことをさします。
令和6年3月31日までに開始する事業年度及び令和6年4月1日以降に開始する事業年度のいずれの場合においても、税額控除することができる上限額は、法人税額又は所得税額の20%です。
例えば、控除対象雇用者給与等支給増加額が100万円であり、要件①、②、③を満たし、100万円の40%である40万円が税額控除することができる場合において、その事業年度の法人税額が0円である場合には、税額控除することができる上限も0円であることにより、賃上げ促進税制の適用はできません。
しかし、繰越控除制度が設けられたことにより、その事業年度の法人税額が0円であっても、翌事業年度の法人税額が250万円であった場合には、翌事業年度の法人税額から40万円を差し引くことができ、賃上げ促進税制の適用をすることができます。
この繰越控除制度の創設により、法人税額や所得税額の税額控除額の上限から逆算した、一事業年度の控除対象雇用者給与等支給増加額を決定していた企業や、法人税額や所得税額が0円であるために給与等を増加する取り組みを行わなかった企業等が、より多くの支給や取り組みをしやすくなり、積極的な賃上げを行う企業が増加することが期待されています。
適用期限の延長
税制改正の大綱における「適用期限を3年延長」とは、この賃上げ促進税制が令和9年3月31日までに開始する事業年度まで適用されることをさします。
まとめ
賃上げ促進税制とは、中小企業者等が、前年度より給与等を増加させた場合に、その増加額の一部を法人税から税額控除することができる制度であり、給与等の支給を受ける従業員と中小企業者等の双方にとってメリットのあるものです。
所得拡大促進税制から令和4年に名を変え、令和6年にはその要件や税額控除率が拡充されました。
令和6年3月31日までに開始する事業年度と、令和6年4月1日以降に開始する事業年度との賃上げ促進税制の違いをまとめると、以下のようになります。
事業年度 開始日 | 通常案件 | 上乗せ要件① | 上乗せ要件② | 上乗せ要件③ | 備考 | |
~R6.3.31 | 要件 | 賃上げ+1.5% | 賃上げ+2.5% | 教育訓練費+10% | ー | 控除率最大 40% |
控除率 | 15% | +15% | +10% | ー | ||
R6.4.1~ | 要件 | 賃上げ+1.5% | 賃上げ+2.5% | 教育訓練費+5% | くるみん・えるぼし | 控除率最大 45% 繰越控除5年 |
控除率 | 15% | +15% | +10% | +5% |
このように、上乗せ要件②の要件が緩和したこと、上乗せ要件③が創設されたこと及びその創設により最大控除率が増加したこと、繰越控除が創設されたことが、令和6円4月1日以降に開始する事業年度における、賃上げ促進税制が拡充された点です。
積極的に賃上げを行う企業や子育て世代や女性の働きやすさの向上を目指す企業を増やすために、これらの企業の人件費等の負担増の影響を税額控除により緩和することが賃上げ促進税制拡充の目的ですので、是非制度の趣旨を理解し賃上げ促進税制をご活用ください。
※¹
…国税庁 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5927.htm
…中小企業庁 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/zeisei/syotokukakudai.html
※²
…総務省 https://www.soumu.go.jp/main_content/000919577.pdf
…厚生労働省 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/shokuba_kosodate/kurumin/index.html
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000091025.html