新たに設立した会社に個人事業を引き継ぐことで、さまざまな恩恵を受けられる「法人化」。一度は検討したことのある個人事業主も多いのではないでしょうか。適切なタイミングで法人化することで、さらなる節税対策や事業拡大が可能になります。
本記事では、個人事業主が法人化を検討すべき理由を解説した上で、法人化の適切なタイミングを解説します。法人化のメリット・デメリットも詳しく解説しますので、ぜひご覧ください。
個人事業主が法人化を検討すべき理由
個人事業主が法人化を検討すべき理由は、主に2つです。1つ目が、法人にしかできない節税対策があること。2つ目が、社会的信用度を高めて事業拡大を狙えることです。詳しい内容をみていきましょう。
①節税対策の幅が広がる
法人化によって、計上できる経費の幅が広がります。例えば、生命保険の契約者を法人名義にすることで、支払った生命保険料を経費として計上できるようになります。労働環境改善に使用される福利厚生費についても、個人事業主は計上できませんが法人であれば計上できます。
また、「給与所得控除」を利用して、ご自身に支払った給与を経費として計上する方法も節税に効果的です。一方の個人事業主は、事業主が受け取る報酬が「事業所得」として扱われるため、給与所得控除を利用できません。このように法人化によって節税対策の幅が広がることで、事業資金をこれまで以上に確保することも可能になります。
②社会的信用度を高めて事業の拡大を狙える
法人化は、自社の社会的信用度を高めてくれるため、取引チャンスの拡大を期待できるほか資金調達もやりやすくなります。 社会的信用度が高まる理由の1つとして、法人を設立する際の「法人登記」の存在が挙げられます。法人登記では、商号(会社名)、資本金、代表者名や事業目的などを登録します。これらの会社情報は一般に公開されるため、個人事業主に比べて社会的な信用を得やすいのです。
また、諸外国に比べて個人事業主やフリーランスという概念が浸透していない日本では、法人との取引に安心感を持つ取引先も多いでしょう。したがって、他社からの社会的信用を高めて事業拡大を狙いたいときにも法人化が効果的なのです。
個人事業を法人へ切り替えるタイミング
それでは、個人事業から法人へ切り替える適切なタイミングとはいつなのでしょうか。適切なタイミングを2つ解説します。
①課税対象の所得金額が一定額を超えたとき
課税対象の事業所得が、800万円を超えたときが適切なタイミングです。その理由として、個人事業主に課せられる「所得税」と法人に課せられる「法人税」の税率 の違いが挙げられます。両者は基準となる金額や税率が異なるため、税金として支払う金額に差が生じるのです。
両者の税率を表で確認してみましょう。まずは個人事業主の税率です。
課税対象の所得金額 | 所得税の税率 |
---|---|
1,000円~194万9,000円 | 5% |
195万円~329万9,000円 | 10% |
330万9,000円~694万9,000円 | 20% |
695万円~899万9,000円 | 23% |
900万円~1,799万9,000円 | 33% |
1,800万円~3,999万円9,000円 | 40% |
4,000万円以上 | 45% |
続いて法人の税率をみてみましょう。法人の場合は、資本金によって区分けが異なりますが、ここでは所得金額と法人税率に注目してください。
資本金 | 所得金額 | 法人税率 |
---|---|---|
1億円以下 | 800万円以下 | 15% |
800万円以上 | 23.2% | |
1億円以上 | ー | 23.2% |
個人事業主の項目をご覧いただくと、年間の所得金額が900万円を超えた段階で、所得税の税率が23%から33%まで10%上昇したのがおわかりいただけるかと思います。所得税は、累進課税方式※のため、金額に比例して税率は上昇します。
※累進課税方式~課税額が一定額を超えると、同時に税率も上昇する仕組みのこと
一方の法人税をみると、所得金額が800万円を超えても、税率が23.2%より上昇しません。つまり、所得金額が800万円を超えたときを目途に法人化することで、同じ所得でも支払う金額を抑えられるわけです。結果として、効果的な節税対策が可能となります。
②年間の売上額が1,000万円を超えたとき
2つ目のタイミングが、課税売上高が1000万円を超えた場合です。
課税売上高が1,000万円を超えると、その2年後に消費税の申告義務が発生します。しかし、新たに法人を設立した場合は、設立の1期目と2期目に基準期間が存在しません。基準期間が存在しないことで、売上高がゼロとカウントされるため、原則として納税義務が免除されるのです。
免除とは、義務や役目を果たさなくてもよいことを指す言葉です。納税義務のある消費税を納めない場合は脱税となり許されない行為ですが、要件に該当している場合は消費税を納めなくても罰則を受けることはありません。ただし、基準期間のない事業年度でも、事業年度開始日の資本金の額または出資金額が1,000万円以上ある場合は、納税義務は免除されませんので注意しましょう。
また、2023年から導入されたインボイス制度によって、法人化した事業主が「登録事業者」になるケースも考えられます。登録事業者は消費税の課税事業者にあたりますので、法人化しても消費税の納税義務が発生する点に注意しましょう。インボイス制度の留意事項についてはこちらの記事をご覧ください。
参考:インボイス制度最終チェック~今何をしないといけないか~
個人事業を法人に切り替えるメリット
個人事業を法人に切り替えるメリットを3つ解説します。
①役員報酬を損金として計上できる
法人に切り替えることで、ご自身に役員報酬を支払えるようになります。役員報酬や賞与は、損金(税務上の経費)として計上できますので、効果的な節税対策になるでしょう。
一方の個人事業主には、給与という概念がありません。事業で得た儲けから税金を除いたお金は、法律上給与として扱われません。そのため、個人事業主の場合はご自身の報酬を損金として計上できないのです。
②赤字を最大10年繰り越せる
法人に切り替えると、赤字を最大10年繰り越せるようになります。赤字を繰り越せるメリットは、その年の赤字を翌年以降の黒字部分と相殺することで、課税所得金額を引き下げて節税対策につなげられること。繰り越せる年数が増えることは、事業主にとって大きなメリットといえます。
個人事業主の場合は、繰り越せても最大3年です。法人に切り替えることで、これまでより事業を存続しやすくなるでしょう。
③責任範囲が「無限」から「有限」になる
法人に切り替えることで、法人が倒産した場合の負債範囲が、無限責任から有限責任に変わります。無限責任とは、債権者に対して、全ての負債を支払う責任のことを指し、個人事業主などが該当します。一方の、有限責任とは、債権者に対して、出資額を限度として責任を負うことを指し、株式会社と合同会社が対象です。
法人化によって有限責任となれば、倒産の際に出資したお金は失いますが、それ以上の負債を背負うことはなくなります。個人の資産を持ち出して責任を負う必要がなくなる点はメリットといえるでしょう。ただし、法人の責任者が、債権者と「個人保証」を結んだ場合は、責任範囲が無限責任になる可能性があります。ご注意ください。
個人事業を法人に切り替えるデメリット
個人事業を法人に切り替える際は、メリットとデメリットが存在します。両者を確認して、正しい経営判断を下しましょう。
①法人の設立に費用が発生する
法人の設立には、法定費用が発生します。具体的な項目がこちらです。
- 定款の認証手数料
- 収入印紙代
- 謄本の発行手数料
- 登録免許税
- 実印の作成料金
登録免許税の金額は、株式会社と合同会社で異なる計算式によって算出されます。両者の計算式がこちらです。
株式会社の場合 | ①資本金額×0.7% または ②15万円 ①と②を比較して高い方の金額が登録免許税となる |
合同会社の場合 | ①資本金額×0.7% または ②6万円 ①と②を比較して高い方の金額が登録免許税となる |
上記の項目を合算すると、法人の設立に22万円から24万円の費用が必要になるでしょう。法定費用は、会社設立に欠かせない費用であるため、必ず準備しなくてはいけません。
②事業利益が赤字でも法人住民税を支払う必要がある
法人に切り替えた場合、事業利益が赤字でも法人住民税を支払う義務が生じます。法人住民税とは、法人の事業所などが所在する都道府県または市町村に納める税金です。法人税割と均等割という2種類の課税方式によって成り立っています。
このうち均等割は、資本金や従業員数が課税基準となるため、仮に事業で利益が生まれなくても、納税の義務が発生するのです。一方、個人事業が赤字の場合は、基準となる所得がゼロとなるため、赤字法人に対しても課される均等割のような税は発生しません。
③社会保険に加入する義務が生じる
日本では、全ての法人事業所が社会保険に加入するよう義務付けられています。仮に従業員を雇っていない場合でも、社会保険(健康保険、厚生年金保険)に加入しなくてはいけません。仮に従業員を雇用した場合は、労働保険に加入する義務が生じます。
社会保険料は、一般的に国民年金や国民健康保険料よりも高く設定されており、労使折半が基本です。しかし、ひとり社長などで法人のオーナーしか在籍していない場合は、社会保険料を全額支払うことになります。結果として、これまでよりも税負担が重くなるでしょう。
まとめ
個人事業を法人へ切り替える場合は、「課税対象の所得金額が800万円を超えたとき」「年間の売上額が1,000万円を超えたとき」のいずれかのタイミングをおすすめします。効果的な節税対策を進めることで、法人にとっての最適な資金投入も可能になるはずです。
本記事の内容とご自身の事業内容や状況を今一度確認していただき、ぜひ現在の事業をさらなる発展に導いてください。